縄文時代から温泉はあった?

ボーリング技術の進化によって、日本中どこでも温泉が掘れるようになったとも言われます。ある日突然近所に温泉施設ができても不思議ではなくなりました。実際都心部にも、近年温泉施設としての大型のスパリゾートが次々とオープンしています。
その一方で、自然と湧き出した温泉がそのまま施設として発展してきたところでは、気が遠くなるほど大昔から人々に温泉として利用されてきた場所も少なくありません。なかでも日本三古湯と呼ばれる温泉は、非常に古い歴史を持っているのです。

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その日本三古湯のひとつ、四国愛媛県松山市にある道後温泉は、日本国内において最も古い温泉であると称されており、その歴史はなんと3000年ともいわれます。3000年前と言えば、それはすなわち縄文時代であり、まさしく周辺からは縄文中期の土器が出土しているのです。古くは「にきたつ」と呼ばれていた道後温泉は、万葉集にもその存在が書かれており、史実上の記録に登場するという意味でも、日本最古級の温泉であると言って良いでしょう。

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温泉発見の伝説は、白鷺が傷めた足を癒して飛び立っていく姿を見た村人によってその存在を知られるようになったというものです。現在その白鷺が舞い降りた痕跡の残った石が、同じ市内の公園に据えられています。古くからその効能で知られていたため、多くの有名人が湯治にやってきたという「伝説」にも事欠きません。古くは596年に聖徳太子が、その後は中大兄皇子が訪れたと言われており、まさに日本の古代史を代表する著名人ばかりですし、江戸時代には小林一茶、明治になると夏目漱石などが訪れています。



道後温泉を取り上げた作品も数多く存在しています。先の夏目漱石は代表作である「坊っちゃん」のなかで登場させていますし、古くは紫式部の源氏物語において、古名であるところの「伊予の湯桁」という名称が見られます。また、最近ではジブリ作品にもモデルとして登場しています。